しーらかんす式

音楽と日本語と中国語のブログ

毎日一語、中国語~非リア充

まだ辞書に載っていない中国語の新語をひたすら書き連ねていきます

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リア充/マニュアル人間

ひりあじゅう

リアル世界(現実)での生活が充実していない人のこと。リア充の対義語。

当初は、非リアル世界(オタクっぽい趣味など)で充実した生活を送っている人のことを「非リア」と言っていた気がしますが、最近は、オタク、負け組、ひきこもり、コミュ障、無職みたいな人のことを「非リア」呼ばわりしている気がしますね。

まにゅあるにんげん

指示されたことはきっちりこなすが、自分の判断で臨機応変に動かない人、提案など積極的な行動をしない人のことを指して、職場の上司などが使う言葉。1970年代以降過熱した受験戦争や詰め込み教育の弊害と言われている。

2002年には知識量偏重教育の反省から、「ゆとり教育」と呼ばれる指導内容の見直しが行われましたが、マニュアル人間が減った感じ、しますかね?

さて、非リア充とマニュアル人間、日本語では別ものです。でもこのふたつが微妙に重なった新語が中国語に登場しました。


 

 

做题家 [zuòtíjiā]

今回は大陸のみで使われている新語です。

"做题"は「練習問題を解くこと」で、"出题"[chūtí](練習問題を出す)の対義語。なので、"做题家"は字面だけ見ると、「練習問題の解答屋さん」、「マニュアル人間」である。

"做题家"は、試験で良い点数を取るために、大量の練習問題を解くのが得意な人のこと。勉強を頑張っているから知識は豊富だが、その目的があくまでも試験で高得点を取ること、競争に勝つことに向かっている人であり、「受験戦士」のようなイメージである。「ガリ勉君」(书虫书呆)にも近い。

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ところが近年になって、"做题家"に新しい意味が加わった。

新語としての"做题家"

  • 大学を卒業した社会人の"做题家"
    勉強はできるが仕事に活かせず、大量の業務に追われて疲弊している勤め人のこと。応用力がないという点は「マニュアル人間」に似ている。社会人としての負け組、社会人ライフを楽しめないという点は「非リア充」っぽい。
  • 大学在学中の"做题家"
    苦労して大学に合格したのに大学生ライフを謳歌できず、虚しさを感じている人のこと。これは「非リア充」ですね。

ちなみに「リア充」は"现充"と訳されて、ACGN界発の言葉として一定程度認知されている。しかし「非リア充」(非现充)はあまり使われていっぽい。

"做题家"について、もう少し見ていきましょー。

 

科挙から続く伝統

旧中国には科挙という制度がありましたね。頑張って科挙に合格すれば、身分に関わらず高い地位につけるというアレです。

その科挙にいつまでも合格できなかったり、挫折して道を踏み外してしまう人の物語、たくさんありますよね。

水滸伝』にも何人か出てきます。青面獣の楊志は武挙(科挙の武芸版)に合格したものの、結局出世の道から外れてしまいました。香港映画『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』でレスリー・チャンが演じていた主人公も、たぶん科挙を目指しているけどうまくいかずに借金取りのアルバイトをする書生でした。魯迅の小説に出てくる孔乙己は、役に立たない時代遅れの知識を体現する存在として描かれていました。

 

"做題家"は自虐用語

そういう歴史的、文化的背景を包括した言葉が"做题家"らしいですよ。

  • 科挙に合格して役人になった=有名大学を卒業して就職した
    だけど、思ったほど仕事がうまくいかない、日々仕事に追われているだけで人生が楽しくないなど、輝かしい学生時代とのギャップを感じている人
  • 苦労して科挙に合格した=頑張って勉強して有名大学に合格した
    だけど、思い描いていたキャンパスライフとなんか違う、もっと優秀な人がたくさんいることを知って打ちのめされてしまった、など理想と現実にギャップを感じている人

そういう人々が自虐的に使う言葉が"做题家"です。

「非リア負け組エリート」とも言えるかもしれません。

っても自分で勝手に思ってるだけっぽいですけどね。現在、大陸には起業後5年で1兆円の資産を築いたとか、ライブ配信1回で数千万円稼いだとか言う若者がゴロゴロいますから。そういう特別なセレブと一般的な勤め人であるわが身とを比べてしまうんだろうね。

 

"做題家"の関連用語

社畜[shè chù]

日本語の「社畜」から来た言葉。2018年頃に使われ始めた。

打工人[dǎgōngrén]

本来は肉体労働者を指す言葉。しかし有名大学卒のホワイトカラーである"做题家"が、仕事に追われるわが身を指して、あえて自嘲気味に使用するようになった。2020年の流行語。

985废物[Jiǔ bā wǔ fèiwù]

"985"は、世界に通用する大学づくりを目指す教育改革の名称。1985年5月に34校が認定された。その認定校の卒業生が、現実生活との落差を嘆く際に使う言葉が“985废物"。

2020年、大陸のSNS豆瓣が、“985废物引进计划"(名門大卒ダメ人間招致計画)というグループを開設し、"985废物"たちに失敗談や愚痴を共有しようと呼びかけたところ、瞬く間に10万人以上が集まった。非リアル世界=SNSで活き活きしちゃうところは非リアっぽい。

“985废物引进计划"の名称は、"高层次人才引进计划"、通称「千人計画」のパロディと思われる。

北大废物[Běidà fèiwù]

2020年、インターネットのトーク番組をきっかけに、一躍人気者になった北京大学卒の無気力系女子、李雪琴さんの発言に由来。高学歴でありながらWebタレントをしていることを批判された李雪琴さんは、"念了北大了就不当一个废物了么?"(北大卒のダメ人間ですけど何か?)と反論した。

弱鸡[ruòjī]

"垃圾"[lājī](ゴミ)に由来。"鸡"(ニワトリ)は、もともとあまりいい意味では使われない。それに"弱"がつくので、相当ネガティブな表現。

"做题家"に限らず、日本語の「負け組」的な感じで自嘲に使われる。

弱智[ruòzhì]

"弱鸡"のバリエーション。"弱智"は知的障碍者のこと。

これも"做题家"に限った言葉ではないが、受験勉強が得意な"做题家"が自ら言うと、ことさらに自虐感が強まる。

小镇做题家[xiǎozhèn zuòtíjiā]

特に地方の小都市出身の"做题家"を指す。2020年の流行語。

輝かしい学生時代と、卒業後の現実とのギャップに苦悩するのが"做题家"だが、地方の小都市出身者が大都市の有名大学に入学し、大都市で就職した場合、感じるギャップはさらに大きい。都会に対する知識もなく、友達も少なく、コミュニケーション能力が欠如していることを痛感しながら、仕事に追われる日々を過ごすことになる。

"小镇做题家”たちは、『東京ラブストーリー』の主人公、カンチ(東京で要領よく振舞えない地方大学出身者)に自らの境遇を重ね合わせて共感しているという説もある。

 

日本でも、「ハタチ過ぎたらタダの人」とか「仕事して家に帰って寝てまた出勤するだけの毎日」とか言いますが、大陸の若者も何かと大変なんですね。端から見てると、上り調子で好景気で強気でイケイケで傍若無人な感じしかしないけどね。

 

"做题家"、チベット族イケメンの丁真さんに噛みつく

インテリなのに社会に適合できず鬱々としている若者……なんて言うとドストエフスキーの小説の主人公のようでニヒルでカッコイイ感じもしますが、そこはやはり大陸の若者です。鬱屈した不満を新時代のネットアイドルチベット族ワイルドかわいい系イケメン、丁真さんにぶつけちゃいました。

coelacanthidae-style.hatenablog.com

丁真さんは、相変わらず大陸女子のハートを鷲掴みにしているようですが、それに正比例するように大陸男子、特に"做题家”たちの不満ゲージが溜まっております。丁真さんに関する真偽不明の噂や、尾ひれのついた話がネットで盛り上がり、そこに丁真さん擁護派も加わって日々小競り合いが続いている。

 

丁真アンチ(做題家)VS 丁真ファン、バトルの数々

做題家:丁真は実はヘビースモーカー、しかも高価な電子タバコを吸っている。けしからん!

丁真さんの勤務先「丁真は非喫煙者です。たまたま電子タバコがあったので好奇心から試してみたそうですが、彼は人気者なので以降気を付けるよう注意しました」

丁真ファン「え~?でもタバコ吸ってる姿も男前かも」

 

做題家:丁真って13歳くらいから学校に行ってないんだってな。低学歴じゃん

丁真ファン「丁真さんは両親や弟のために小さい時から働いてたの!毎日、200頭のヤクをお世話してたから、学校に行けなかったんだよ、健気だよね」

 

做題家:丁真がiPhone12 Proを使ってるぞ~。あれ1万元(約16万円)以上するやつだ。「初任給は3500元(約5万7000円)、母親に洗濯機、父親に電動自転車をプレゼントして3000元(約4万9000円)使った」とか言ってたの、アレうそだろ

丁真ファン「丁真さんの仕事はカンゼ・チベット族自治州理塘県のPR大使。理塘からライブ配信するために、勤務先から支給されたんでしょ」

 

做題家:丁真、NIKEのソックス履いてるな。色気づきやがって、どんどんスレていってるな!そのうちアイドルとかにハマりそうだ

丁真ファン「いいんじゃない?騒ぎすぎ」

 

做題家:丁真は乗馬が趣味とか言ってたけど実はゲーマー、しかも廃課金。下手くそなくせに4万元(約65万円)の最高額アイテムに課金して勝とうとしているぞ。カッコワル~

丁真ファン「丁真さんは普通話の勉強も兼ねてゲームを始めたばかり。『CS:GO』(ネット版サバゲー)にハマってるけど初心者。だからインタビューで『今欲しいものは?』と聞かれて『CS:GOのAWP』と答えただけ。実際に課金したわけじゃないのに騒ぎすぎ!」 

参考:丁真CSGO天价饰品风波未平,再被爆猛料,真是做题家们怨气大吗?_腾讯新闻

 

などなど男の醜さを露呈させています(いや、男とは限らないけど。)この風潮に対し

  • 苦学して有名大学を卒業したにも関わらず、現状に不満を持つ"做题家”たちが、ネットアイドルの丁真さんを「ルックスだけで人気者になった低学歴」とみなして集中攻撃している。哀れな"做题家”が気の毒でならない。

みたいな論調で批評されるようになったので、さあ大変。

丁真さんファンの女子たちは、"做题家”、サイテー!醜い!顔がブサイクなだけだと思ってたけど心までブサイク!と反応。丁真さんを間にはさんで、大陸女子VS"做题家”の不毛なバトルが繰り広げられています。いや、丁真さんファン=女子とは限らないけど、まあたぶんそうだよね。

あれ?これってこのまま続くとマスコミの大好きな「分断」につながるんじゃない?丁真さん、そのうち分断を煽ったとかで和諧されなきゃいいんだけど。

 

それでも做題家はエリート中のエリート

2018年の統計によれば、大陸の大卒者(本科)は、人口全体のわずか4.4%。985大学に限れば、さらに少なくなる。

そして2015年の調査によれば、大陸の識字率はいまだに100%に届かない。非識字者(文盲)が人口に占める割合は3.6%、つまり読み書きのできない人が約5000万人いるということ。大卒というだけで、すでに勝ち組だと思うんですけどね。 

参考:70年:从文盲率80%到义务教育巩固率94.2%|义务教育|教师队伍|文盲率_新浪育儿_新浪网人口总量平稳增长 人口素质显著提升——新中国成立70周年经济社会发展成就系列报告之二十我国拥有大学本科学历的人到底有多少?不到总人口的5%!

 

このように"做题家”は、エリートが自分を指して言う言葉。くれぐれも面と向かって"你也算是个做题家?"(あなたも"做题家”ですか?)などと質問しないように!

 

 

コトバは生き物です。上記はあくまでも現時点で主流の言い方です。