まだ辞書に載っていない中国語の新語をひたすら書き連ねていきます
千人計画(China's Thousand Talents Plan)
せんにんけいかく
製造強国を目指す中国共産党政府が、海外の高度人材を集めるために推進しているプロジェクトのこと。
このプロジェクトは2008年にスタートしたものだが、米政府が大陸への技術、知財流出阻止に動き始めたこと、2020年に日本学術会議と「千人計画」との関係が取り沙汰されるにようになったことなどから問題視され始めた。
2121年1月1日付け読売新聞の報道によれば、 「千人計画」に、少なくとも44人の日本人研究者が関与していた 、日本政府から多額の研究費助成を受け取った後、中国軍に近い大学で教えていたケースもあった。
海外高层次人才引进计划/千人计划/外专千人计划
「千年計画」という言葉、最近わが国のメディアにも登場するようになりました。
[千人计划]Qiānrén Jìhuà
「千人計画」;エリート千人採用計画;エリート千人獲得計画;海外ハイレベル人材招致計画.
大修館書店『中国語新語ビジネス用語辞典』より引用
このように「千年計画」は大修館書店『中国語新語ビジネス用語辞典電子版Ver.3.0』に載っています。よって今回は補足~。
「千年計画」とは
"千人计划"は略称。正式名称は"海外高层次人才引进计划"であり、直訳するなら「海外高度人材導入計画」となる。
2015年、米中関係が良好だった頃、中共政府が掲げた「中国製造2025」という言葉をご記憶だろうか?「世界の工場」から脱却し、2025年までに「世界の製造強国」へと転換する、というものだった。その「中国製造2025」の基本方針のひとつがこれ。
人才为本。坚持把人才作为建设制造强国的根本,建立健全科学合理的选人、用人、育人机制,加快培养制造业发展急需的专业技术人才、经营管理人才、技能人才。营造大众创业、万众创新的氛围,建设一支素质优良、结构合理的制造业人才队伍,走人才引领的发展道路。
日本語訳がこれ。
人材育成の重点化。人材を製造強国強国建設の根幹とし、科学的で効率的な人材の選抜・利用・育成のメカニズムを整え、製造業の発展に必要な専門技術人材や経営管理人材、技能人材の養成を加速する。あらゆる人が起業やイノベーションに身を投じる雰囲気を醸成し、高い能力の人材によって合理的に構成された製造業人材陣営を構築し、人材が率いる発展の道を歩む。
この方針を実現するための手段が「千年計画」なのだ。
米国政府が中共政府に対し「戦略的忍耐」をしている間、「千年計画」は着々と進行していた。ところが2017年、トランプ政権が爆誕。知財や技術を盗むのは許さん!と対中強硬路線に転じた。
「千年計画」は大陸で閲覧不可
現在、"千人计划"は大陸サイトでは検索できない。
検索窓に"千人计划"と入れるとマッハのスピードで「見つかりません」と表示される。
ならば正式名称の"海外高层次人才引进计划"で検索してみると
ちゃんと検索結果が表示される。説明に"千人计划"の文字も見える。
Oops!Not Foundだ。(なんでOops??哎哟!でいいのに。)
Wikipedia中国語版によると、2020年4月18日以降、このようになっているそうな。そして百度のみならず、大陸のその他検索サイト、SNSでも同様の処置が取られている。
検索されたくない言葉ということですね。
「千人計画」に応じて大陸に来ている人材の具体名を探られたくないんでしょう。
でも
- 大陸サーバ以外のサイト
- "千人计划"という言葉を使っていないサイト
ならふつーに見られる。なので今回はそのへんを参考にした。
千人计划 - China Innovation Funding(EUの人材スカウト専門サイト)
引进海外高层次人才暂行办法 (2018年版、たぶん最新版の指針)
どんな人材を集めてるの?
まずは
- 海外で勉強していたり仕事をしていたりする大陸出身者
- 華僑を含む外国人
の2種類。米国が問題視する人材引き抜きや、読売新聞報道の44人は外国人材なので"外专千人计划"(たぶん「外国人専門家千人計画」の略)ということになる。
条件は次の通り。
- 海外で博士号を取得した人
- 55歳以下の人
- 年間6か月以上、大陸で働ける人
- 海外の有名大学や研究所に勤務する教授クラスの専門家
- 国際的な有名企業や金融機関に勤務するプロフェッサーレベルの専門技術者または管理職
- 自社技術の知的財産権を所有する人
- 自社のコア技術を把握している人
- 海外での起業経験があり、関連分野と国際ルールを熟知している人
- その他、国家が至急必要とするハイレベル起業家
結構えぐい。特に知財と技術のあたり。さあ、あなたは当てはまるかな?
待遇はどうなの?
とにかく特別待遇でもてなしてくれるらしい。具体的には次の通り。
- 存分に働けるようにビジネスプラットフォームを整えてお待ちしてます^^
- 特別招聘専門家として接遇します^^
- 適切な労働条件、生活水準を保証します^^
- 指導育成業務、重大な科学技術プロジェクトへの参加、国家標準づくり、業務メカニズムの開発、学術称号の審査などのお仕事をしてくれる人は特に優遇します^^
- 専用窓口を設けてお世話します。現地滞在、出入国、転居、資金援助、報酬、医療、保険、住居、納税、配偶者の就業、子女の就学などなど、とにかく優遇します^^
- 日常的に連絡をとって、アフターケアに努めます。問題点はすぐに政府にフィードバック。お仕事や生活での問題を適宜解決します^^
これなら安心して大陸に渡れるね!でも最後の項はちょっと怖いかも。
で、どこで働けばいいの?
- 国家重点イノベーション事業
- 重点学科や重点ラボ
- 中央企業や国有商業金融機関
- ハイテク産業開発区など各種産業パーク
において重点的に人材を求めている。2000社ぶんの起業を支援する計画だそうな。また、各省、市、区が現地の状況に応じた独自の「千人計画」を進めることも奨励されている。
つうわけで、「千人計画」をバリバリがんばっている大陸のシリコンバレー、深圳の状況を見てみよう。
深圳の千人計画=孔雀計画
参考:孔雀计划_百度百科、2021深圳市海外高层次人才(孔雀人才)计划认定办法-海外留学人才认定办法
孔雀計画とは
深圳経済特区が2010年に打ち出した高度人材招致プロジェクトのこと。
2015年までに海外の高度人材チーム50組、高度人材1000人超が深圳で起業した。また、仕事のため深圳を訪れた海外人材は、のべ62万人、うち1万人が深圳に居住して働いている。
すでに「万人計画」である。
孔雀計画が求める人材(2021年版)
人材をA類、B類、C類に分類し、支度金の金額を提示している。金額の単位が書いていないが、たぶん人民元だろうということで進める。
A類人材
支度金は300万(約4845万円)
- ノーベル賞受賞者(物理、化学、生理学、医学、経済学)
- 国際的に有名な賞の受賞者(ウルフ賞、コプリメダル、アーベル賞、チューリング賞、日本国際賞、京都賞など)
- 中、米、英、独、仏、日、伊などのアカデミーの会員、フェロー
- 「千人計画」で優秀な功績を残した人材
- 「フォーチュン・グローバル500」企業のCEOまたはCTO経験者
- 有名金融機関の主席責任者(日本だと三大メガバンク)
- "Times Higher Education"(タイムズ誌が選ぶ世界著名大学)の学長、副学長
などなど。
ちなみに"Times Higher Education"の上位500入りしている日本の大学は、東京大学、京都大学、東京工業大学、名古屋大学、産業医科大学、大阪大学、九州大学、東京医科歯科大学、筑波大学である(2021年版)。
参考:World University Rankings 2021 | Times Higher Education (THE)
B類人材
支度金は200万(約3230万円)
- 国際的に有名な科学雑誌の編集長または副編集長
- Nature、Science、Cellなど有名な科学技術誌掲載論文の執筆者
- 米、英、独、仏、日、伊などの医師免許を持つ者
- "Times Higher Education"(タイムズ誌が選ぶ世界著名大学)で博士号を持つ者
- 国際発明、特許を有する年商5億人民元(約80億円)以上の企業のCEO、CFO、CTO
などなど 。
C類人材
支度金は160万(約2584万円)
- 海外有名大学の準教授
- 「千人計画」で優秀な功績を残した人材またはトップチームのコアメンバー
- 広東省イノベーション科学研究チームのコアメンバー
- 深圳市海外高度人材チームのコアメンバー
- 国際的科学誌に3本以上の論文を発表した執筆者
- 海外で博士号を取得し科学研究に2年以上従事した者
- 海外の有名大学で博士号を取得し深圳で3年以上の勤務契約に同意する者
- 米、英、独、仏、日、伊などの医療機関、大学病院で臨床医療に2年以上従事した者
- 国際発明特許、国内発明特許の主要発明者
- 国連職員採用試験に合格し国連本部または経済金融関連支部に3年以上勤務した経験を持ち、深圳で働ける者
などなど。
あまりにも長いのでだいぶ割愛してしまった。全貌を見たい人は、2021深圳市海外高层次人才(孔雀人才)计划认定办法-海外留学人才认定办法をご参照ください。
A類、B類はかなりハードルが高そうだがC類なら可能性があるかも?と考える人も多いらしく、"深圳孔雀 C"で多く検索されている模様。
深圳ならではの募集人材
要するに
を中心に人材を集めるのが「千人計画」の目的だということがお分かりいただけただろう。
ところで「孔雀計画」で面白いのは、「千人計画」の主眼からズレた分野からも人材を呼び込んでいるところ。
たとえば
- オリンピック金メダリストのコーチまたは直近2回オリンピック競技になった種目の世界選手権のコーチ
- 世界的に有名なオーケストラの首席指揮者、芸術監督、主席演奏家
- 世界的に有名な芸術コンペティションで審査員長、副審査員長を務めたことのある者
- 世界的に有名な建築賞、文学賞、映画賞、音楽賞、広告賞で最高位の個人賞を獲った者
など、文化芸術系人材も大募集している。これらはA類人材の例なので、話が決まれば約5000万円がぽーんともらえる。
歴史の浅いぽっと出の大都会、深圳らしいと言えよう。
以上のことから中共政府が先端技術、知的財産権をいかに欲しがっているのかがよく分かろうというもの。こうやってかき集めた知財、特許、技術を使ってスタートアップ企業や産業パークをつくり、中国の技術すごい!特許、知財の数で米国を追い抜く!と宣伝しているわけだ。
米トランプ政権はそのへんを包括的に攻撃していたのだが、わが国はどうなんでしょう。
前の日本学術会議の人事問題について、学問の自由への冒涜!政治による学問への干渉は許さん!戦争中、科学が政府に利用されたような悲劇を繰り返してはならん!なんて意見がありましたよね。
そう言いながら、一方では「千人計画」に参加しているような学者が44人いる、と読売新聞は報じていました。
たとえば、微纳机器人之父(マイクロ・ナノロボットの父)でググってみてください。大陸の科学技術発展に多大な貢献をしている某科学者の記事がたくさんヒットします。日本マスコミは話題にしていないけど、大陸ではよく知られた人物みたいですよ。
「だったら日本政府から研究資金をもらいながら、外国からもおカネをもらっている研究者は申告してね」というルールが2021年4月から始まるそうです。
文科省からのお願いでしたー。例によって強制力はないんだろうし、正直に申告するとは限らないよね。
米トランプ政権期に比べるとなんとも温い……。でも厳しくやると学問の自由が~と猛反発を食らうのは必至だし、日本政府も困ってるんだろうな。
まあ「大陸においで~、住むところ用意するよ~、最高の環境で働けるよ~、とりあえず支度金ね」と数千万円もらえるなら、そりゃ心動くよね!結局この世はカネてことか。はぁ、次は理系脳に生まれ変わりたい……。
コトバは生き物です。上記はあくまでも現時点で主流の言い方です。