トランプ大統領の中国語表記にマスコミの「そんたく」を見た!
全国34,000人の中国語学習者のみなさま、ニーハオ!
特朗普か川普か
トランプ大統領の名前を中国語で言う時、あなたは何と言ってますか?
NHKワールドや新浪に毒されている私は、ついつい特朗普 で済ませてしまうのですが、中国のネット掲示板などを見ると川普 の表記も多く見かけますよね。
今回は、特朗普と川普について調査してみたので、そこから分かったことをご紹介しようと思います。
外来語をどう訳すか
日本の状況
かつて、わが国では海外から来た新たな事物や事象に接した時、それを苦心して日本語に翻訳していました。economyは「経済」に、Communismは「共産主義」に翻訳され、大量の和製漢語が生まれました。これら和製漢語は今や中華圏全体で使われています。それほど名訳だったんだと思うのです。
でも、幕末期、明治期より格段に速く、大量に外国の事物、事象が入ってくるようになっ今日は、ほとんどの場合、その音声をカタカナで表記して済ませています。
特に人名の場合、ほぼ100%、現地での読み方や英語風の読み方をカタカナに置き換えているようです。
中国の状況
いっぽう、中国には日本語のカタカナのような便利な文字がありません。外来語といえども、すべて漢字で表記します。事物や事象であれば、Walkman→ 随身听(携帯して聴く)などと意訳できますが、人名となると日本と同様に音訳されることがほとんどです。
ところが漢字の種類は何千文字もあり、濁音・半濁音を入れても7、80文字程度のカタカナとはだいぶ様子が違います。
例えば WEI(ウェイ)と発音する漢字は、维为位未微谓唯围味喂尾惟胃…などなど、それはもう大量にあるわけです。 WEI に近い音を含む人名を漢字にする時、各人が適当に選んでしまったら、本来ひとつの名前にたくさんの漢字表記が発生して大混乱になるでしょう。でも実際には、そんな混乱は起きていません。
では、その大量にある漢字の中から、どうやって人名に使う文字を選んでいるんでしょう?
55年の歴史!《英語百家姓》
中華人民共和国が始まってまもない1956年、共産党政府は外来語訳語の混乱を避けるため、統一の基準を設けることにしました。
そして創設されたのが、現在も続く新華社訳名室です。周恩来総理の号令の下、知識人たちが集められ、膨大な文献を参考に外国の地名や人名をひとつひとつ翻訳していきました。
それから実に9年後の1965年、苦労の末完成したのが《英语姓名译名手册》(英語姓名の訳名ハンドブック)、通称《英語百家姓》の初版本です。
この《英語百家姓》はその後も改編が加えられ、現在も外国の人名を訳す際の根拠とされています。
2016年、ドナルド・J・トランプ氏がアメリカ大統領選に立候補し話題になり始めると、中国は《英語百家姓》に基き、Trumpを特朗普と表記しました。
海外メディアや台湾は音訳を採用
英語の発音に近い川普
いっぽう、CNN、BBCなどの中国語版は、Trumpの発音に基づいて川普の表記を使いました。在米華人もトランプ氏を川普と呼び、台湾メディアも川普を採用しました。
川普の音は、あえてカタカナにするなら「トゥアンプー」となり、Trumpの英語読みと近い音になっています。対して中華人民共和国が採用した特朗普は「ターランプー」。…やはりちょっとヘンでしょうか。
川普は大陸にも波及
そのせいか、川普は大陸(中華人民共和国)でも使われるようになり、トランプさんには特朗普と川普、2種類の中国名が付与されてしまったのです。
これは私見ですが、大陸メディアにありがちな転載記事や翻訳記事が川普表記をそのまま流用し、それを見た大陸のライターやネット民も川普を使うようになったのではないでしょうか。
それに川普のほうが短くて簡単ですしね!
習近平主席は「特朗普」に祝電
中国共産党による軌道修正
かくして特朗普と川普が混在するようになった大陸メディア。これでは50年前の先人達の苦労が報われません。
そこで、新華社、人民日報、中国中央電視台(CCTV)は、アメリカ大統領選の報道に一貫して特朗普を使用することを決定。2016年11月、大統領選に勝利したトランプ氏に対し、習近平主席が祝電を送ったニュースでも特朗普を使用して大々的に報道しました。
つまり、特朗普こそが中国共産党政府の公式訳語であると、内外に宣言したわけです。
ネット民の間でも「川普は『四川省の普通話』の略称だろう」などど、川普に批判的な書き込みが見られるようになりました。
日和った国連と海外メディア
その後、国連の中国語版公式サイトが特朗普を統一使用するようになると、CNN、BBC、ニューヨークタイムス、ウォールストリートジャーナル、フィナンシャルタイムズ、ロイターなどの中国語版公式サイトもこれに追随。こうして大陸メディアではトランプさんが特朗普になったのです。ちなみに在中国のアメリカ大使館も特朗普を採用しています。
大陸メディアが特朗普で統一された後も、台湾メディアはもちろん川普のままですし、中国ネット民も相変わらず川普を使って発言しているようです。
香港は「侵先生」~Mr.J
香港の状況はちょっと独特なようです。
蘋果日報は2種混在
反中国共産党の先鋒、蘋果日報(アップルデイリー)と親中国共産党で知られる東方日報を見てみると、どちらも特朗普と報道しているんですね。ただし蘋果日報の署名記事は川普で書かれたものも見つかりました。
独自路線を行く香港式ニックネーム
ところが報道以外の言論では、Trumpの部分を抜かして當奴侵、當撈侵、當勞侵などと表記されています。これは「Donald J.」の部分の音訳でしょうね。
McDonald's(マクドナルド)の中国語訳は麥當勞ですから、當勞の部分は分かります。ならば、侵は「J.」の部分の音訳ということでしょうか。トランプさんの攻撃的かつ破天荒なキャラを表した、ちょっと親しみを込めた呼び名のように思えます。香港の公用語の一つが英語であり、英語名を持っている人が多いことも、このニックネームがつけられた理由かもしれません。
原音からかけ離れた広東語読み
もうひとつ、香港人が使う中国語が、いわゆる広東語であることも理由と思われます。
広東語の発音だと、大陸の唐纳德‧特朗普は
「トンナァッダッ・ダッロンポゥ」
台湾の唐諾德‧川普は
「トンノッダッ・チュンポゥ」
のようになります。
英語が身近にある香港人から見るとかなりヘンなのかもしれません。
香港ではTrumpを杜林普と表記することもあり、これを前記の當勞侵と合わせるとDonald J. Trumpは
「ドンロウ・ツァム・ドゥラムポゥ」
みたいな発音です。中国人はナ行とラ行の音を区別しないので、「ドンロゥ」→「ドンノゥ」と考えてください。少しは英語の発音に近いでしょうか。
そして香港のカジュアルなメディアやネット民は侵の部分だけを呼んだり、ちょっと親しみをこめて、あるいはふざけて侵先生(Mr.J.)、侵侵(J.J.)なんて言っているみたいですよ。
日本メディアの対応
日本メディアについても調査してみました。
日本は両面作戦?
わが国の主要メディアで中国語版の公式サイトを運営しているNHK、日経新聞、朝日新聞を見てみましょう。いずれも大陸で使われている簡体字、香港、台湾、マカオなどで使われている繁体字の2種類のサイトを用意しています。
すると面白いことに、簡体字版では特朗普、繁体字版では川普を使用しているんですね。同じ記者さんが書いたまったく同じ原稿の記事なのに、大陸向けは 特朗普で、それ以外は川普に、わざわざ修正しているわけです。
繁体字版なら大陸からのアクセスはないだろうから川普でいいや、ということなのか、本当は川普のほうがしっくりくるけれど、簡体字版は中国共産党の意向に合わせようということなのかは分かりませんが、私にとってはちょっとした発見でした。でも、もしも自分が通訳、翻訳をする立場であれば、やっぱり大陸のお客様には大陸式の表現を、台湾のお客様には台湾式の表現を使うでしょうね。
謎のそんたく?朝日新聞中国語版
それから少し気になったのは、朝日新聞中国語版です。簡体字版と繁体字版で、掲載している記事がちょっと違うんですよね。例えば、先日、台湾がアメリカから兵器を購入したニュース。簡体字版には掲載されていないんですよ。なんででしょうね?不思議不思議。
ちなみにニューヨクタイムス、BBC、フィナンシャルタイムスなどは簡体字、繁体字ともに特朗普を使用。ロイターは繁体字サイトを用意していませんでした。
以上、調査報告でした。
せっかくいろいろ調べたので現時点で辞書に載っていない言葉だけ、逆引き中国語ピンイン順に追加しました^^