しーらかんす式

音楽と日本語と中国語のブログ

毎日一語、中国語~2009年ウイグル騒乱

まだ辞書に載っていない中国語の新語をひたすら書き連ねていきます

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2009年ウイグル騒乱 /2009年に新疆ウイグル自治区の区都ウルムチ等で発生した暴動(July 2009 Ürümqi Riots)

にせんくねんういぐるそうらん

広東省韶関(しょうかん)で起きた漢族によるウイグル人の暴力事件をきっかけに、2009年7月、中華人民共和国新疆ウイグル自治区ウルムチ市で起きたウイグル人デモ隊、漢族デモ隊、公安、特殊警察部隊の衝突のこと。混乱の中、多数の死傷者、逮捕者、行方不明者が出た。

この事件をきっかけに、中国共産党政府の対少数民族政策が経済による懐柔から高圧強硬に転換した。ウルムチ騒乱、ウイグル族騒乱、ウルムチ暴動、ウイグル暴動などとも表記されるが、外務省は2009年に区都ウルムチ等で発生した暴動としている。

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新疆ウイグル自治区中華人民共和国にある5つの自治区のひとつ。全行政区分で最も広く、モンゴル国、ロシア、カザフスタンキルギスタジキスタンアフガニスタンパキスタン、インドと国境を接する。南西はインド、パキスタンが絡む紛争地。

古来「西域」と呼ばれ、三蔵法師の『大唐西域記』に登場するタクラマカン砂漠、火焔山、ホータン王国楼蘭などはすべて現在の新疆ウイグル自治区にある。経済的には綿花栽培で知られるほか、天然ガス原油の主要産出地でもある。

18世紀に清朝支配下に入った後、中華人民共和国によって新疆ウイグル自治区が設定された。現在、人口2500万人のうち約1200万人がウイグル人とされる。ウイグル人は、トルコ系の文化と言語を有し、イスラム教を信仰する民族。

 

 

 

香港、台湾
烏魯木齊七五事件 [Wūlǔmùqí Qī Wǔ Shìjiàn]

海外メディア
乌鲁木齐七五骚乱 [Wūlǔmùqí Qī Wǔ Sāoluàn]

中国大陸
七五乌鲁木齐打砸抢烧严重暴力犯罪事件 [Qī Wǔ Wūlǔmùqí Dǎzáqiǎngshāo Yánzhòng Bàolì Fànzuì Shìjiàn] /乌鲁木齐七五暴恐 [Wūlǔmùqí Qī Wǔ Bàokǒng]/新疆暴力恐怖事件 [Xīnjiāng Bàolì Kǒngbù Shìjiàn]

ウルムチ(烏魯木斉)は新疆ウイグル自治区の区都。"七五"ウルムチ市でウイグル人による抗議デモが起きた2009年7月5日のこと。この抗議デモから始まった一連の暴力や破壊をどう見るかによって"事件""骚乱""犯罪""恐怖事件"など後ろに付く言葉が変わってきます。

中国大陸のメディアは犯罪またはテロと見ています。実際、新疆でのウイグル人虐待を批判されるたびに、この事件を持ち出し、テロ対策の一環と反発していますよね。

特に中共政府が考案した名称は複雑で"打砸抢烧严重暴力犯罪事件"というもの。

"打砸抢烧"

  • 殴打 [ōudǎ] 殴打、つまり暴力行為
  • 砸烂 [zálàn] 打ち壊し、つまり破壊行為
  • 抢夺 [qiǎngduó] 略奪行為
  • 烧毁 [shāohuǐ] 自動車などを焼く行為

です。本来は文化大革命で行われた上記行為を批判する「整党運動」で使われた言葉。

2008年のチベット騒乱、2010年の尖閣抗議デモ、2019年の香港民主化デモ、2021年のミャンマー中国工場襲撃にも大陸マスコミは"打砸抢烧"を使いました。つまり、上の4つの蛮行が行われることが"打砸抢烧"=暴動であり犯罪ということ。ただし尖閣デモは「愛国無罪」でした。

"打砸抢烧"は、インドのiPhone工場で起きた賃上げ要求→暴動や、アメリカのトランプ支持者デモにも使われていました。"暴乱" [bàoluàn]と言えば簡単なんですが、生々しく言いたいところが実に中国語っぽい。さらに"严重暴力犯罪"(重大な暴力犯罪)と定義しています。

"暴恐"は大陸ネットでよく見る表現で、"暴力恐怖事件"(テロ)の略。

ウイグル問題の報道について

最近、日本のテレビはにわかにウイグルの人権問題を報道し始めましたね。これまでも新聞などはたまに取り上げていましたがテレビは一切触れてこなかったけど。で、中国酷い!ウイグル人かわいそう!と宣伝していますが、中共がここまで非道になったきっかけがこのウイグル騒乱です。

2009年7月5日にウルムチで何が起こったのか、実は海外メディアはほとんど知りません。事件の当日にウルムチを取材できたメディアはゼロでした。でもその前月に起こった広東省の事件は生々しい映像が公開されていて、実に酷かった。

韶関事件とは

6月26日午前0時過ぎ、玩具メーカー旭日玩具の広東省韶関市の工場で、漢民族の女性従業員2人がウイグル人従業員にレイプされたという噂が広まり、漢民族従業員がウイグル人従業員の宿舎に乱入。無差別な暴行は午前4時過ぎまで続き、ウイグル人2名が死亡したほか大勢が負傷した。

その後、レイプの噂がウソだったこと、公安の到着が遅かったこと、暴動を扇動した漢民族に対する処罰が甘かったことなどから、ウイグル人の漢族や政府に対する反感が急激に高まりました。

ウルムチの事件

この10日後にウルムチで起きたのが2009年ウイグル騒乱です。当初、ウイグル人デモ隊は中共政府の不公平なやり方に抗議していました。そこに、公安、特殊警察部隊、ウイグル人に反感を持っていた漢族のデモ隊、自治区政府などが参入し、大規模な混乱に発展したとされています。

後に、中共政府は、197人が死亡、1700人が負傷したと発表。死者数の7割以上が漢族だとしました。いっぽう、世界ウイグル会議ウイグル人1000人以上が死亡し、10000人以上が行方不明になったとしています。

香港の反応

デモのきっかけとなった広東省の工場が香港企業の子会社だったこともあり、香港メディアはウルムチの出来事にも関心を寄せていました。また2009年9月、取材のためウルムチ入りした香港人記者が武装警官に殴られて拘束されたことから、香港市民の中国共産党に対する感情は急速に悪化しました。

古代から続く漢族と西域の対立

「新疆」は文字通りに解釈すれば「新たな領土」の意味。そもそも新疆というネーミング自体、もとから住んでいた人達にとって屈辱的なワケです。

漢族が西域と呼ぶ新疆ウイグル自治区のあたりは、シルクロードの中継地でした。紀元前に漢の武帝に征服されてからは、大陸内地の諸事情に応じて反乱したり、半ば放置されたり、朝貢をしたりしなかったりと、まあ積年の因縁があるわけです。

KOEIの三國志ゲームやってると「辺境で反乱が発生しました」とか出てくるよね!三國志馬超羌族の血を引くイケメンとされていますが、羌族ウイグルと近い民族とする説もあるんです。

中共政府から見ると

自治権を認めてる

自治区政府の主席に少数民族ウイグル人を充てるなど、制限付きの自治権を認めた。

豊かにしてあげた

西部大開発によって、鉄道、空港などインフラを整備し、経済振興に努めた。

豊富な労働力を供給した

西部地域を豊かにし、内陸と沿岸の格差を解消するため、内陸の貧困農村部から新疆への移住を奨励した。貧困問題の解決にも有効で、まさに一石二鳥の政策。

ウイグルの若者を育成した

少数民族の青年が経済発展著しい沿岸部で働くことを奨励した。広東省韶関の工場で勤務していたウイグル人も、政府の募集に応じて集まった期間限定従業員であり、比較的高い報酬を得ていた。

辺境警備は重要

ウイグル人と周辺国のトルコ系民族による東トルキスタン共和国復興運動やアルカイダの介入を警戒していた。'00年代にはテロとの戦いへの関心が世界的に高まっていたこともあり、イスラム民族独立の動きをテロに結び付けて牽制した。

現地の漢族から見ると

政府はウイグル人を優遇しすぎ

少数民族優遇に対する不満を抱いていた。中共政府は、一人っ子政策、大学進学、就職などの面で、少数民族を優遇する施策をとっている。たとえば学力的に劣っても、少数民族であれば大学に進学できる。

こんな僻地、来たくて来たわけではない

半ば強制的に辺境の地に移住させられたと考えている。歴史的にも新疆は=辺境という意識が根強い。

イスラムは気味が悪い

イスラム文化に嫌悪感を抱く人々もいる。仕事中や街中で、日に何度も行われる礼拝を異様に思ったり、コーランの言葉を自分達への悪口だと誤解したり、モスクに集まる様子を見て何かを謀議しているのではないかと疑う。

ウイグル人から見ると

ここで核実験をした

自治区で行われる核実験に不信感を持つ。中共の核実験、有害な推進剤を使用するロケットや衛星の打ち上げなどは新疆、モンゴル、チベットなどの自治区で行われたらしい。

ただでさえ人口が少ないのに産児制限をした

漢族の一人っ子政策に比べれば緩いものではあったが、少数民族にも計画出産を求めていた。

イスラム法を無視された

イスラム法への制限に対する不満。そもそも大陸では宗教=非科学的という観念が強く、政教が一体化したイスラムの教えはほぼ無視されている。自治区主席はウイグル人だが、宗教的指導者ではない。

移民がデカい顔をしている

増加し続ける漢族移住者は移民労働者に過ぎない。後からどんどん入ってきて、ウイグル人を見下す漢族との間で、たびたびいさかいが起きていた。

現地のその他少数民族から見ると

とにかく不安、いい加減にしてほしい

ウルムチ市内には回族はじめウイグル以外の民族も少数ながら生活している。そういう少数派少数民族から見れば、世界ウイグル会議などのアピールは不安でしかない。もしも東トルキスタンができたら、自分達が排斥されるのではないかと考える人もいる。

 

参考:【主張】ウルムチ暴動10年 中国の弾圧強化を許すな - 産経ニュース新疆ウイグルと中国政治西部大開発の政治的分析中国西部大開発計画の有効性7·5乌鲁木齐打砸抢烧严重暴力犯罪事件 (「75ウルムチ暴乱の重大な暴力犯罪事件」百度百科)、新疆武警毆打香港記者事件 (「新疆武装警察による香港記者殴打事件」香港Fandom)、新疆七五事件10周年:维吾尔族人的恐惧何处安放(「新疆75事件から10年 ウイグル人の恐れはどこに置かれたか」BBC)、Shaoguan incident - Wikipedia

ウイグル問題に関する雑感

私が講師をやっているクラスにも、ここ数年ちらほらとウルムチ出身の中国人留学生がいたりします。見た目、やや濃いめの整った顔立ちをしているのですぐ分かります。つい興味を持ってしまい「でもウイグル人じゃないよね?」と聞くと、たいてい「父親が漢族、母親がウイグル人」と言います。

ちなみに、彼らの中国語普通話はカンペキです。本当はもっといろいろ聞いてみたいんだけど、個人的に構ってばかりもいられないのでね。でも、いわゆる漢化政策の結果なのかなと感じています。

広東省ウルムチの事件の頃、「漢族、あまりにも酷くないか?」と日本在住の中国人(漢族)にこっそり言ってみたことがあります。そしたら即座に「あれはテロを企ててたからしょうがない」とのお答えでした。有名大学卒のインテリさんで日本在住10年の方なのですが、当時は「しっかり洗脳されているなぁ。10年日本にいても変わらないんだなぁ」と感じたものでした。

ウイグル人の告発者は「収容所で凶悪な仕打ちをされた」と訴え、中共は「全部ウソ、でっちあげ」と言っています。そしてネットで見る限り現在も徹底的に中共を支持し、ウイグル人告発者や西側諸国を罵倒している大陸人民たち。

大陸の論評読んたり、BBC vs 在イギリス中国大使の討論とか見てると、正直私もどこまで真実なのか分からなくなってきます。

この前の米中対話で中国側は「新疆に来てご覧になってください」と言ってたよね?世界中のメディアや戦場カメラマンとかの人達は、どんどん新疆に行って真実を取材してほしいと切に思う。まあ「来てください」と言いながら欧米メディアには取材拒否してるようだが。

あと、チベット自治区内モンゴル自治区でも同じようなことが起きているかもしれません。他にも自治区はあるけど、中央から見た「辺境」ということではやはりチベットとモンゴルでしょう。

 

 

コトバは生き物です。上記はあくまでも現時点で主流の言い方です。